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【ネタバレあり】映画『ちいかわ 人魚の島のひみつ』を観て感じたこと|「物語の余白」に感動した

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※この記事には映画『ちいかわ』のネタバレが含まれます。


まずは見終わった後も考察する時間が楽しめる映画でした!
内容は単行本8巻を忠実に映像化しています。

単行本8巻を読んでて内容を知っている方でも、
ちいかわを全く知らない方でも楽しめると思います。

映画を見て私なりに感じたことをブログに書いていこうと思います。
答えを書いているわけでもなく一個人の感想なので、
「そういう考え方・見方もあるんだな」と思っていただければ幸いです。

ちいかわ映画『人魚の島のひみつ』のあらすじ

ある日、ちいかわとハチワレが広場でくつろいでいると、
突如として顔にチラシを貼り付けたうさぎがやってきます。

ハチワレがそのチラシを確認すると、
それは「特別な島へご紹介」と書かれた招待状でした。

チラシに記載された魅力的な言葉に釣られ、
島合宿に行くことを決めたちいかわたち。

チラシの内容を怪しがるラッコとともに乗船し、
島に上陸したちいかわ一同は島民から大歓迎で迎えられる。

楽しい時間を過ごしていたちいかわたちだが、
島に住む巨大な”セイレーン”が島民を次々と連れ去っているという事実を聞かされ、
セイレーンの討伐計画に巻き込まれていく。

ひたむきに進むちいかわたちに次々と訪れる試練。
みんなで乗り越えられるのか…?
そして島に隠された本当の”ひみつ”とは…?

ちいかわ映画『人魚の島のひみつ』の公式サイトはこちら★


セイレーンと島民、それぞれの主張

ちいかわたちはセイレーンたち・島民との出会いの中で、それぞれの主張を聞くことになります。

セイレーンと人魚について

セイレーンと人魚たちは、ある日突然この島へたどり着きます。
島民たちに「ごちそう」をたんまりもらい、
味が濃くて油っこい島の料理を気に入ったのか棲みつくようになりました。

セイレーンと人魚たちには「強い力」があります。
島民の話によると『不思議な歌声が島に響くおかげか作物の育ちが良かった』と。
セイレーンと人魚たちの歌声は作物の成長を早める力があるようです。

劇中でちいかわ達を追いかけるときも、
歌声の力でツタを成長させて捕まえていました。

人魚はもともと3匹だったのですが、
ある理由で1匹誰かに食べられてしまいました。
なので犯人を捜すために島民を捕まえて食べています。

ちいかわ達が偶然、セイレーンの住処である洞窟に入ってしまい
セイレーンたちと出会い島民と間違えられ追いかけられます。

島民ではないと分かると、追いかけてしまったことを謝ります。

ここからは私の感じたことですが、
自分たちが追いかけられたことに対しては謝罪もされていますし、
ちいかわ達は「仲間が食べられちゃって可哀そうだな」と出会いでは感じたと思います。
出会いでは犯人を探しているとしか聞いていないからです。

島民について

島に行くキッカケとなったチラシには
「島でのカンタンな討伐で100倍の報酬をもらおう」
「限定島ラーメンに甘いもの・辛いもの・みーんな実質無料」
と魅力的な内容が記載されています。

島に行くとちいかわ達は島民の歌で迎えられます。
焼きそばや島ラーメン・島フルーツパフェなどの屋台があり食べられます。
宿泊先はバンガローが用意されています。

たのしい初日を過ごした次の日、島民からお話があります。

「島の住民が次々さわられていて行方不明になっている。
 だから犯人を討伐してほしい」

魅力的なチラシを配ったのも犯人探しをしてほしかったようです。
報酬100倍ははじめからなくて、
昨日の屋台のご馳走と特産物の詰め合わせが報酬のかわりだと説明を受けます。

討伐対象はセイレーンです。
ちいかわたちはセイレーンに会っているため討伐することに疑問をもちます。
討伐の準備中の集落にセイレーンたちがやってきます。

討伐ではなく話し合いが出来ないか試してみようしましたが、
ラッコが捕らわれてしまい救出することに…。

ここからは私の感じたことですが、
島民たちはセイレーンがなぜ島民たちをさらっているか理由がわかりません。
そこで討伐してほしいと依頼をするわけです。
セイレーンが島民を襲ってるのを知ってるのは犯人だけ…。

ちいかわ達はセイレーンたち側・島民側の主張を聞いて複雑な気持ちになりました。
なので討伐ではなく話し合いを試みたんですね。


ここから先は私が映画を見た感想や考察を記載しています。

ここまでは、これから書く考察を理解してもらうための説明です。
ここから先は、映画を観たあとに私が感じたことを書いていきます。

正解を書いているわけではありません。
同じ映画を観ても、受け取り方は人それぞれだと思います。
「こういう考えもあるんだな」って思っていただければ嬉しいです。

セイレーンたちと島民は「利害の一致」で共存できていた。

島民とセイレーンという価値観の違う存在が共存する難しさを描いた作品だと感じました。

セイレーンたち

セイレーンたちが、ちいかわたちと初めて出会った場面が印象に残っています。

セイレーンは、ちいかわたちを人魚を食べた犯人だと勘違いして船を追いかけます。
しかし、島民ではなく観光客だったことに気づくと態度が変わります。

海に落ちてしまったちいかわたちを保護し、焚き火をたいて、人魚たちもヒレで包むようにして身体を温めてくれます。

そして、犯人と間違えて襲ってしまったことを「ごめんね」と謝ります。

この場面を見ると、セイレーンたちが相手を思いやる気持ちや、善悪の感覚をまったく持っていないわけではないように感じました。

ただ、自分たちが持つ力の大きさや、ちいかわたちのような小さな生き物の脆さについては、十分に理解していなかったのかもしれません。

船を転覆させたことや浅瀬で遊んでいたことも、人間を傷つけようとしていたわけではなく、自分たちの行動がどれほど危険なのか自覚していなかった可能性があります。

私は最初、「もっと島民とセイレーンたちが話をして、お互いのことを理解できていたら悲しい事故は起こらなかったのではないか」と思っていました。

島民が「人間はあなたたちよりずっと脆い」「ここでは遊ばないでほしい」と伝え、セイレーンたちも島民について知ろうとしていれば、違う未来があったのかもしれません。

でも、考えているうちに少し違う見方もするようになりました。

そもそも、分かり合って共存しようとしたこと自体が正しかったのだろうか。

現実の世界で考えると、人間と野生動物の関係に少し似ている気がします。

野生動物を「かわいい」と思って餌を与えると、最初は人間と動物の距離が縮まったように見えるかもしれません。

でも、野生動物が「人間のいる場所へ行けば食べ物がもらえる」と覚えてしまえば、本来保つべきだった境界線がなくなってしまいます。

セイレーンと島民も、「ごちそう」と「豊作」というお互いの利益によって距離を縮めました。

だから私は、どちらかが一方的に悪かったというより、本来は一定の距離を保つべき存在同士が、利害の一致によって近づきすぎてしまったこと自体が、悲劇の始まりだったのかもしれないと思うようになりました。

島民たち

島民について考えるときは、「犯人ではない島民」と「ヒトハとフタバ」の二つに分けて考える必要があると思います。

まず人魚を食べたことを知らない島民たちです。

ある日突然島にやってきたセイレーンと人魚たち。
島民たちは、セイレーンたちの歌声によって農作物の育つスピードが早くなることに気づきます。

強大な力を持つセイレーンたちを怖いと感じながらも、豊作という恩恵を受けるために、
セイレーンたちが好む味の濃い料理を「ごちそう」として与え続けていました。

そんな関係が続いていたある日、突然セイレーンが島民たちを襲うようになります。
連れ去られた仲間は帰ってきません。

「このままでは島民全員がセイレーンに襲われてしまうかもしれない」

そう考えた島民たちは、他の島へチラシを配り、セイレーンを討伐してもらおうとします。
島民たちは、自分たちの仲間が人魚を食べたという事実を知りません。

島民から見れば、これまで共存していたセイレーンが、
ある日突然理由もなく自分たちを襲い始めたように見えていたのだと思います。

だから、セイレーンを討伐しようとした島民たちを、私は単純に「悪い」とは思えませんでした。

ヒトハとフタバ

一方で、人魚を食べた犯人であるヒトハとフタバについては、少し違います。
二人が船で釣りをしているとき、近くで遊んでいるセイレーンと人魚たちを見つけます。

ヒトハは怖がっていましたが、フタバはセイレーンたちに「おーい!」と気軽に声をかけます。

それに気づいた人魚が振り返ったところ、セイレーンたちがボール代わりに投げて遊んでいたイカが人魚に当たり、ヒトハとフタバのいる船の方向へ飛んでいきます。

セイレーンはイカを追いかけますが、その先に二人がいることには気づいていません。
その結果、船は事故に遭い、セイレーンのヒレが当たったフタバは瀕死の状態になります。

ヒトハは「人魚を食べると永遠の命が得られる」ということを知っていたため、
フタバを助けるために人魚を殺します。

そして人魚を煮付けにしてフタバに食べさせ、フタバは一命を取り留めます。

ここまでは、大切な相手を助けたい一心だったと思えば、ヒトハの気持ちに同情する部分もあります。

しかし、永遠の命を持つ身体になってしまったことを怖がったフタバに、
今度はヒトハも人魚を食べるよう求められます。

二人とも永遠の命を持つ身体となり、この出来事を二人だけの秘密にすると指切りをします。

そしてセイレーンが人魚を食べた犯人を探すため、何も知らない島民たちを次々と襲うようになっても、二人は真実を話しませんでした。

私は、ヒトハとフタバも最初は事故に巻き込まれた「被害者」だったと思います。
セイレーンたちも二人の船を転覆させようと思っていたわけではありません。

それでも、フタバがセイレーンたちに気軽に声をかけたことから偶然が重なり、
悲しい事故が起こってしまいました。

そしてその事故のあと、二人はいくつもの選択をします。

ヒトハはフタバを助けるために人魚を殺した。
フタバの許可を得ないまま、人魚を食べさせて永遠の命を持つ身体にした。
そして二人は、他の島民が襲われていることを知りながら真実を隠し続けた。

被害者だった二人が、その後の選択によって加害する側にもなってしまった。

私はここが、この物語のとても苦しいところだと感じました。

もちろん、二人がもっと早く「自分たちが人魚を食べた」と名乗り出ていれば、
本当に他の島民が助かったのかは分かりません。

セイレーンが二人だけを許さなかった可能性もあります。

でも、少なくとも何も知らない島民たちが理由も分からないまま連れ去られている中で、
二人だけがその理由を知っていました。

大切な相手を失いかけた苦しさを知っている二人だからこそ、
他の島民たちにも同じ苦しみが広がっていく前に、何かできなかったのだろうか。

そんなことを考えてしまいます。

罪と代償

セイレーンは、人魚を食べた犯人を見つけたら、
「体にピッタリの檻に入って、海のずっと深い所で、永遠の命を味わってもらうの」
という話をします。

私はこの「永遠の命を味わってもらう」という言葉が、とても印象に残りました。

人魚を食べた犯人の命を奪うのではなく、
人魚を食べたことで得た「永遠の命」をそのまま生きてもらう。

現実の刑罰に置き換えて考えるなら、
私は死刑ではなく無期懲役に近いものを感じました。

命を終わらせてしまえば、そこで全てが終わります。

でも生き続ける限り、自分たちがしたことを後悔したり、自責の念を抱いたりする時間も続きます。

しかも、その永遠の命は自分たちの仲間である人魚の命を奪って得たものです。

人魚の命を奪ってまで得た永遠の命だからこそ、
その命を簡単に終わらせるのではなく、永遠に味わわせる。

セイレーンの言葉には、そんな「罪に対する代償」の意味もあったのではないかと私は感じました。

そして物語の終盤、ハチワレを庇った際にフタバが転んだとき、セイレーンはフタバのおしりを目にします。

その後、ハチワレが「もうこれ以上、島民を襲わないで」と訴えると、セイレーンは「わかった!わかった!」と答えます。

この「わかった」には、

「もう島民を襲わない」という意味と、
「人魚を食べた犯人がわかった」という意味の二つがあったのではないか

と私は考えています。

セイレーンに犯人だと気づかれたことを察したヒトハとフタバは、二人で島を出ます。

新しい島へたどり着いた二人は洞窟を見つけ、そこで新しい生活を始めようとします。

しかし、エンドロールのあとには、セイレーンと人魚が二人のいる島へ向かっていく姿が描かれます。

このあと二人がどうなったのかは描かれていません。

でも、以前セイレーンが話していた「永遠の命を味わってもらう」という言葉を思い出すと、この先を想像せずにはいられませんでした。

もうひとつ、映画を観てからずっと不思議に思っていることがあります。

ちいかわ族は、本を読むことで「人魚を食べると永遠の命が手に入る」ということを知っています。

だからヒトハも、瀕死になったフタバを助けるために人魚を食べさせました。

でも不思議なのがセイレーンです。

セイレーンは、なぜ「人魚を食べた者のおしりには単三電池がつく」ということまで知っていたのでしょうか。

人魚はもともと3匹いて、そのうち1匹がヒトハによって殺されています。

過去にも人魚を食べた者がいたのか。
この3匹以外にも人魚がいるのか。
それともセイレーンだけが知っている、人魚についての知識があるのか。

作中では詳しく語られていないので、今のところ私にも答えは分かりません。

実は映画を観てから、ずっと気になっている謎のひとつです。


ナガノ先生は「物語の余白を作るのがとてもうまい」

映画を観た直後の私は、「もっと早く対話していれば、悲劇は防げたのではないか」と考えていました。

でも、考え続けるうちに、「対話すれば分かり合える」と思うこと自体が、人間の価値観なのかもしれないとも感じるようになりました。

ナガノ先生は、作品の中で答えを教えてくれません。

その代わりに、「あなたはどう思う?」という余白を残してくれます。

私はこの映画を観て、2100円以上の価値がある時間をもらいました。

映画を観て終わりではなく、映画館を出たあとも考え続けられる。

そんな「物語の余白」があるからこそ、多くの人の心に残る作品なのだと思います。

映画を観た当日は、「原作を忠実に再現していて面白かったね」という感想で終わりました。

でも、数日経つと不思議なことに、「もう一回観たいかも」という気持ちになっていました。

それだけ、この映画には観終わったあとも考え続けたくなる魅力があるのだと思います。

映画館を出たあとも考え続けられる。

そんな「物語の余白」があるからこそ、私はこの作品が大好きになりました。

映画の入場特典も魅力のひとつ!

第一弾は、めじるしチャームでした!
8キャラからランダムで出てくるんですけど、まさかのラッコ被りでした(笑)

第二弾はボンボンドロップシールでした!
1種類で入場するタイミングでもらえます。

第三弾はおでかけセイレーンでした!
ちいかわ・うさぎ・ハチワレの3種類がランダムでもらえます。

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